メイカーとスタートアップのための量産入門を読んで
8月9日にオライリー・ジャパン社から発売された「メイカーとスタートアップのための量産入門 ―200万円、1500個からはじめる少量生産のすべて」を読みました。その感想を簡単にまとめてみたいと思います。
この本がどんな本かは、オライリー・ジャパン社の書籍ページの内容が分かりやすいと思いますので、以下に引用いたします。
潤沢な資金はなくても、趣味の「ものづくり」は「商品化」できる! ArduinoやRaspberry Pi、micro:bitなどの安価かつ高性能なツールの普及によって、個人でも高機能、高品質のプロトタイプが作れるようになってきました。そういったプロトタイプを作るメイカーの中には、そのプロトタイプを元に製品化し、ビジネスにしたいと考えている人も多いのですが、プロトタイプから量産までには多くのハードルがあります。 本書は、学研「科学」「学習」「大人の科学」のふろくの企画開発に40年間関わってきた著者が、その経験をもとに、プロトタイプを元に量産化までこぎつけ、ビジネスとして成立させるためのノウハウを紹介します。工場での量産、というと、多額の資金が必要で、大きな企業でないとできないと思われがちですが、本書では、個人レベルでも可能な少量生産の極意を教えます。商品企画、プロトタイプから、原価計算、企画書の書き方、安全設計、金型知識、知的財産や法律知識、海外工場との交渉術まで、さまざまなノウハウが詰まっています。
自分はメーカー勤務経験もありますが、ソフトウェアエンジニアなので機構系、電子回路系はあまり詳しくありません。とはいえ、聞きかじった程度の知識はありましたので、それらが補完されていく感じで楽しく読むことができました。もちろん、メーカー勤務経験がなくてもものづくりに関心のある方なら面白いと感じられる本だと思います。
全体の流れ
まず最初にものづくりについての全体的な話、そして電子回路、構造物に関する基本的な知識、注意点などの解説があり、プロトタイピング→企画→見積→発注→量産→出荷の流れで自分のアイデアを量産(この本では少量生産が対象)するまでの流れを細かく解説しています。
全体像から入っていくので、理解しやすくイメージしやすい構成になっています。2章の「プロトタイプを作る」では電子回路や構造物を作る上でのノウハウに触れられており、この章だけでも十分に価値があります。自分でものづくりをしない方でも、ここに書かれていることを知り、身の回りの製品を見てみるとどの製品がちゃんと作られいて、どの製品がそうでないかが分かるようになると思います。自分は、2章に書かれていることをもっと深く知りたいですね。
金型の存在と意味
メーカー勤務時代「金型」という言葉は頻繁に聞きました。それがどういうものかは全くわかっていませんでしたが、製品のコストを決める上で重要で、製品を量産する上で重要なもの、ということだけは理解していました。あまりいい話ではありませんが、ある工場が倒産したというニュースが伝わるとまず最初にすることは自社の金型の回収(債権者の手に渡ると自社で使えなくなるから)だった、そういったことが私の「金型」に対する理解のすべてでした。
その程度の理解でしたから、構造物の設計、金型を使った樹脂部品の作り方のところはとても興味深く読めましたし、今になってようやく「金型」とはどういうものかということと、その重要性を理解しました。 :D
世に製品を出すまでの苦しみは、ソフトウェアでもハードウェアでも同じ
量産に至るまでのステップ、各ステップで述べられているポイント、そして経験を積まなければわからないこと、すべてにリアリティがありました。ソフトウェアでも設計、実装(コーディング)、テスト、修正(変更)のプロセスがありますが、中身は違うけれど考えなければならないこと、やらなければならないことはハードウェアの場合と同じです。ソフトウェアでも、変更を加えるとコストが上がる(影響範囲を考えて、広範囲にテストしなければいけないなど)ことはありますので、この本に書かれていることと同じ悩み、苦しみをソフトウェアの私も経験しています。そういう意味でリアリティを感じました。
少し話がそれますが、この本とほぼ同時期に発売した「mBotでものづくりをはじめよう 」で翻訳を担当させていただきました。この時にもものづくりと同じ苦しみ、悩みを経験しました。この本の原書はMakeblock社のプログラミングツールmBlock3の利用を前提に書かれていたのに対して、訳書ではmBlock5への書き換えを行ったので、プログラム例の見直しが必要だったのです。
しかも、mBlock3とmBlock5ではソフトウェアとしての思想に大きな違いがあり、それらを回避しつつ本としての全体の流れを壊さないようにし(そうでないとそもそもの原書の意味がなくなってしまう)読者にわかりやすいものにし、作り手の事情も含めるとすれば本の製作に関わる他の工程への影響も最小限にしなければなりません。
「翻訳だったら、元の本を翻訳するだけでいいんじゃない?」と思われるかもしれませんが、今回はそうではなかったのです。
この時、大変な思いをしつつも少し懐かしい感じに浸っている自分がいました。「なんか色々やっかいなことがあるけど、なんとかしてやろーじゃねーの」そんな思いで進めてました。本というのも、ある意味ものづくりのひとつですね。
話はそれましたが、このリアリティは経験した方でなければわからないところもあるかもしれませんが、これからものづくりを経験する方が予め知っておいて損はないと思いますし、自分がそういう立場になった時に読み返すと参考になることもたくさんあると思います。
コミュニケーション上の課題は経験と文化的知識が必要
最後の方に海外の会社とコミュニケーションする上でのポイントが触れられています、ここは本当に貴重。こういうことは経験して(つまり何度か失敗して)得られるものです。おそらく、この本を読んでも失敗すると思いますが、文化的な違い(考え方や春節のような習慣によるもの)があるということを知っておくだけでも、大きなアドバンテージになるでしょう。
ソフトウェアエンジニアだと、中国以外にインドとかイスラエルとかはもちろん、アメリカ、ヨーロッパのエンジニアと関わることもあります。どこの国のエンジニアとやりとりする時でも相手ごとの文化的違いはあります。まずは「海外の人との間には文化的違いがある」という認識に立つだけでも意味があるのです。
メーカー企業の新入社員研修テキストに
自分がこの本で読んで最後に思ったことは「メーカー企業の新入社員研修テキストにいいんじゃないかな」ということでした。もちろん、ここに書いてあることは実際に経験してみないと分からない、自分のこととして落ちてこないこともたくさんあります。でも、ここに書かれていることを予め知っておくのとそうでないのでは、仕事への関わり方が違ってきます。スタートアップ企業でも社内に一冊、大企業なら一人一冊配ってもいいんじゃないかなって思える本でした。