デジタルの不便性
今日、自宅にあった文庫本7冊をいつも利用している図書館に寄贈(そんなおおげさなもんじゃないけど)しました。
本を読む方法として、
- 本を買う
- デジタルの本を買う
- 図書館や友達、友人に借りる
の3つがあって、保管場所の確保のことを考えて今後は出来るだけ「電子書籍」を利用するか、図書館を利用したいと考えています。
紙の本の再利用法
そこで手持ちの「紙の本」をどうしようかと考え、家族も読まないらしいので「古本屋に売る」か「図書館等へ寄贈する」のどちらかを考えました。本として再利用したいので「古紙回収に出す」という選択肢は無しです。
「古本屋に売る」なら大した金額にはならないですがお金にはなります。しかし、せいぜい一冊何十円程度、でもそれを買って読む人は1〜200円を払う必要があります。「図書館に寄贈」すればその本を読む方は無料で読むことが出来ます。なので、読む側の利益を含めた全体の利益で言えば「図書館に寄贈」の方がいいのかなと考えて「図書館に寄贈」を選択した次第です。
あ、ここでは「古本屋の利益」は無視した形になってますが…^_^;
もしかすると、この考え方は利益算出という意味では間違っているのかもしれませんが、気持ちの問題なのでまぁ良しとします。自分が図書館を利用させてもらっているということもあります。
「学校の図書館に寄贈する」という選択肢も考えたのですが、今回は普通の小説だったのでとりあえず見送りました、本によってはそれも考えたいと思っています。
これからの本との付き合い方
自分は、
- 自宅の紙の本を減らして借りられる本は借りる
- 借りることが出来ない、ずっと手元に置きたい本はデジタルで買う
- それも無理な場合紙の本を買う(手元に残したいもの以外は寄贈する)
として、出来るだけ紙の本を減らそうと思っています、それでも残したい本というのはあるのでそういうのは出来るだけデジタルにしたいと思っています。
デジタルの不便性
こう書くと「デジタル万歳!デジタル最高!」といっているように聞こえるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。デジタルにした時には気軽に「貸し借り出来ない」というデメリットもあります。
「この本面白かったから読んでみ」と思った時に「紙の本」なら貸し借りできますが、デジタルの場合は読める機器とかアカウントが限定されているため、貸し借りするためには電子書籍を読むための機械ごと渡す必要があります、そうすると自分が読めなくなる…
ここを自由にしてしまうと(一部制限をかけていないところもありますが)カジュアルコピーが氾濫してしまい本来売れる筈のものが売れなくなるので制限がかかるのは仕方がない部分があります。
デジタルにおける権利の譲渡の仕組みが欲しい
本にしろ音楽にしろデジタルでの流通が始まってまだそれほど時間が経っていません。なので議論が深まっていないということなのでしょうが、集めた本やレコードを子や孫に受け継ぐようにデジタルコンテンツのコレクションも引き継ぐ(権利の譲渡)ための仕組みが必要になるだろうなと思います。
「アカウントのIDとパスワードを渡せばいいんじゃない?」ということではありません、引き継ぐ人も自分のコレクションがあるでしょうからそれらと統合的に管理出来るようにするためには、やはり権利を譲渡して統合出来るようにするための仕組みが必要だと思います。
それが出来るようになれば、デジタルコンテンツの流通にももう少し勢いが出てくるのかなぁと思います。今のデジタルコンテンツはそれまでの流通方法と変わらない値段なのに縛り大きすぎるように思います。