原型をつくる

あちらこちらで使われるようになって、一般的になった「イノベーション」という言葉。このところ「イノベーション」の安売りが始まった感がしています。

「イノベーション」とはどういうものか?ということについて、それぞれ意見が分かれるところではあると思うのですが、私の中での「イノベーション」とは、「原型をつくること」と定義しています。 つまり、今まであるものの用途を変えてみたとか、応用先を広げてみたというだけでなく、「モノとしての形」や「生活の中での位置付け」が根本から変わる変化を伴うものです。

人々の生活を変えたものとして、例として挙げられるものに、SONYの「Walkman」やAppleの「iPhone」があります。「Walkman」のカセットテープサイズの本体を持ち歩いて、ヘッドフォンで聴くというスタイルはどのメーカーの製品でも同じ、は長い間、ポータブルオーディオとしてのアイコンでした。 iPod登場後はその地位を奪われたと言われていましたが、ポータブルオーディオとしての「原型」はやはり「Walkman」にあったと私は考えています。

「iPhone」も画面全体がタッチパネルでキーボードがなく、画面上に表示されるアプリを切り替えることで多機能を実現する、この形は初代iPhoneから変わらず、その他のスマートフォンにも影響を与え「原型」として変わることがありません。 これらの製品に何かを加えたところで、それは「イノベーション」と呼ぶことはできないのです。「Walkman」にFMラジオ機能をつけても、新しいiPhone用アプリをインストールしてもやはり基本的なスタイルは変わらないままであり、小手先の変化でしかありません。

ミライノテレビ」で述べたような「本体と画面が別のテレビ」は、同じ形態の機器が既にあり「イノベーション」と呼ぶには相応しくありませんが、それでも従来のテレビのあり方を変えるという意味で、大きな変化をもたらすと考えています。この点については、また具体的に述べるつもりです。


もうひとつ、私がイメージする「イノベーション」は「あっと驚くもの」でも「画期的な技術をつかったもの」でもありません。それは、知らないうちに浸透して、いつの間にか無くてはならないもの、なのです。

その具体的な例としてよく説明に使っているのは、「温水洗浄便座」です。「ウォシュレット」と言った方がわかりやすいと思います。今、家庭や商業施設はもちろん、古いオフィスや公共施設にも「温水洗浄便座」が採用されていて、むしろ「温水洗浄便座」でないトイレを見かけることが少ないほど。私も、すっかり「温水洗浄便座」に慣れてしまって、いわゆる普通の便座のトイレで用を足さなければならない時には、なんとなく嫌な感じがするほどになっています。

このように、いつの間にか人々の生活の中で当たり前の存在になり、生活の中で無くてはならない存在、そういった生活の中の原型を創出したい。それが私の目標なのです。

walkman

photo credit: Tim Bradshaw via photopin cc